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『三の葉』ページ

葉1
ハート
葉2

伸司 千枝


1957..
すいせんべんじょ

 すいせんべんじょが ぼくのうちに できました。
 あさごはんを たべてから おねえちゃんが すいせんべんじょの中へ 入りました。こうちゃんが ごはんをたべてから「んんこして」となんべんも いいました。ぼくは「こうぞうちゃん あんたずぼんを のぐの」と、いったら「ずぼんのいたら よけしかきもちが いいな」と いいました。ねえちゃんが でてきました。こうぞうちゃんが入りました。ぼくも べんじょの中へ 入ってずばんを のぎました。
 おしりを ふいて すいせんべんじょの ひっぱったら 水のでるやつを ひっぱりました。そうしたら んんこが 水の中へ 入って ながれて しまいました。

(加納小学校一年五部 学級文集『ふたば』より)

1958..
おてつだい

 おととい ぼくが 学校から かえって きたら おとうちゃんと こうぞうちゃんが スポークに ねじをはめて いました。おとうちゃんが「十円やるで ねじはめてくれ」と ぼくに いいました。
 ぼくは スポークと ねじを もって いきました。おとうちゃんが「スポークと ねじを 十五づつ だして」と いいました。ぼくは「ふん」と いって スポークと ねじを 十五づつ だしました。こうぞうちゃんが 「ねじ 一つ たらへん」と いいました。ばくが「やったる」と いって あまった スポークをもって ねじをはめました。おとうちゃんが「まぜたら いかんぞ」と いいました。そして ぼくが「なぜ」と いって おとうちゃんに ききました。そしたら おとうちゃんが 「長いから」と いったので ぼくは スポークの 長いやつをだして みじかい スポークに ねじを はめました。一ばん しまいの スポークが のこったので ぼくが「ねじ 一ぽん たらへん」と いったら おとうちゃんが 「そこへ おいてけ」と いいました。
 そして ぼくが「おとうちゃん 十円 ちょう」と いったら おとうちゃんが ぼくに 十円くれました。

(加納小学校ニ年五部 学級文集『ふたば』より)

1998..
1998.3.6

他人(ひと)の言うことなんか気にするな (ひと)の言うことには(みみ)を傾けよ

1998.3.22

コン(バグ)に 思いめぐらす 夢の中

1998.3.24

過去は問わず 現在どうかが問題だ いくつであっても

(伸司)

2001.4.22
孝三へ

最近、短歌にこり始めました。すぐやめになるかもしれませんが。

 さくら咲き 旅立ちのジャズも 厳かに
 花の心を孫につぎ 逝く

3.29

義父の通夜に思いついたのがきっかけです。私以上に人との付き合いが苦手な人でした。葬儀の参列者も少なかったけど、千枝の望みで、花をいっぱい飾ってもらいました。お経のない時は、好きだったジャズのテープを流しました。

 青空に 向かいてポカリ イッキのみ
 スイムのつかれ プーッと ふきとべ!

4.7

 桜恋い ランニングの足が重たくも
 ホケキョの声が 我をはげます

4.8

 向い風 チャリンコの足を重たくす
 桜踊らす 君と同じか

4.10

 今年もさあ シーズン始まる いざ練習
 我が青春のトライアスロン

4.16

 けぎらいす へびの心を教わりし
 手塚のブッダ 夏の山道

4.22

いろいろお世話になった山口さんが、去年の暮れ、60才で亡くなりました。手塚治虫の『ブッダ』を貸したこともありました。

 宿ゆかた Tシャツにはおるを 師の説教
 厳しくもあり 温かくもあり

4.22

宿で風呂に入って浴衣を着る時、いつも山口さんを思い出します。Tシャツの上に浴衣を着た私は怒られました。「浴衣は肌の上に直接つけるものだ。そうでないと浴衣の意味がない」と。あれ以来、どんなに寒い時でも、浴衣の下にTシャツを着ることはしていません。

今回は以上。
今まで見向きもしなかった短歌に興味を持つとは、おじんになったのかなぁ。

(伸司)

2001..
2001.4.29

突然の 大粒の雨に 葉がはねる 山の老木 まだ潔し

2001.5.19

長距離の車走らす一人旅 思い出の歌 我に聞かさん
舞鶴の 鶴となるらん デュアスロン 燃える山道 この足で舞う

2001.5.23

沖縄の ベッドで知るは 母心 生徒の手をとる 右と左に

2001.5.26

一流のスポーツマンに要求されるのは柔らかくて強い筋肉
僕の筋肉は強いとしても硬い それでもスポーツを頑張れる
筋肉が衰え弱くなったとしても スポーツは楽しめる
いつまでも いつまでも スポーツ

2001.6.10

今日もまた 楽しく終わる3の3 最後は塩ちゃん 「とにかくつかれた」

2001.7.28

脳みそも煮えくり返る長良川 ゴールの後は心すずしき

2001.12.18

寒い朝 ふとんかぶるるもう一度 われ見習えと 小鳥さわやか
年末のポストに差し出す穏やかさ ハガキの束とおじさんの顔
ラントレの はやる心に アキレス腱 まだやめとけと にぶくささやく

2001.12.20

酔いつぶれ 寒さの駅で哲学す 無理について 無理の善し悪し
高3に ふたごについて女子に言う 52の今も変わらぬ思い

2001.12.23

運動をやり終えた後の心地よさ やるべきことをやり終えた今日

2001.12.26

イノシシの親子に出会う冬の道 今何してる いだき走るる

2001.12.28

出場許可 便りに躍る我が心 はや駆け巡る 宮古の空よ

2001.12.30

お正月 あのうれしさは幻か 貧しき家族 6つの交わり

2001.12.31

人生で一番大事 それは今 次を夢みて 今をしっかり

(伸司)

2002..
2002.1.2

リフト券 50才以上は割引で 顔パスいけた うれし さみしや

2002.1.5

やさしさが人並みにある もしそうなら 原点はここに ふたごと生まれし

2002.2.5

国民を守るという名の下に人殺しを正当化する戦争
差別を正当化する天皇の存在
私の全部はこれらに拒否反応を示します
天皇をこそっと担ぎ出し 戦争にジワリジワリと突き進む
「君が代」はそういう道具に思えてなりません
管理職に就いたとたん 「日の丸」に頭を下げる
そんな人がいることにフシギを感じます

2002.3.

暴力の最大の弱点は、それがまさに破壊しようとしているそのものを生み出してしまうという悪循環にある。悪を衰退させる代わりに、それを増殖してしまう。暴力を通して、嘘つきを殺すことはできるかもしれない。しかし、嘘そのものを消し去ることはできない。まして真実を確立することはできない。暴力を通して、憎いヤツを殺すことはできるかもしれない。しかし憎しみそのものを消し去ることはできない。現に、暴力はただ憎悪をますだけである。暴力に暴力で応えることは、すでに星を欠いた夜に、さらに深い闇を加え、暴力を増大させる。暗闇が暗闇を追い払うことはできない。それをなしえるのは光だけである。憎悪が憎悪を追い払うことはできない。それをなしえるのは愛だけである。

-- マーティン・ルーサー・キング --
2002.3.28

山なみと 水面と うぐいす 五分桜 自然にあるもの みなおもしろし

2002.4.20

沖縄の空 沖縄の雲 上から真っ直ぐにのびる飛行機雲
 沖縄のキャンパス 言うことなし

2002.4.21

この体 やめとけと言う 最後のラン けれど行かねば ゴールめざして

2002.6.

カーステに流れるMD 若き想い 「ゆず」の心根 息子の血潮

2002.12.18

妻の手を 布団の中でそっと包む 今日も一日おつかれさん
人生も大袈裟なものではありません 浜に打ち寄すペットボトルか
青き海 宮古にありて熱き風 我が青春のトライアスロン
在日の 無念さ抱きて男あり 竜馬がなんぞ 河島英五
今となり おやじの心根 今想う 息子を前に何をか言わん

2002.12.19

心臓のリズムの乱れに心乱る いつまでつづく 我がスポーツ道

スポーツの心得3M

Moっと長く(そのため) Muりをしない Meちゃめちゃさぼらない

(伸司)

2003..
1.10

焼酎のグラスの向こうに揺れてある おでんとサラダ 娘と妻と

2003.1.17

寒い冬 昔の我にはスキーあり ランニングあれど そこまでいかず
いつからか クモの巣はれるログハウス 娘とともに住者待てよ
ほろ酔いの 電車の中で苦笑する 昼間作りし歌を浮かべて

2003.2.21

生き方がまだ定まらず 53 それでもいいか 今日も走ろう

2003.3.7

いくつかの家族がここに歓談す 草葉の陰でおやじ微笑む

2003.3.16

三回忌 義父(あなた)にとっての私とは 娘嫁ぐ日 初めてわからん

2003.3.30

まだ咲かぬ桜 うぐいす幼声 我も走らん 足を引きずり

2003.4.5

三日月と一緒に走る関空道 車音も声援 足は順調

2003.4.13

満開の桜 うぐいす冴えた声 されど我が足いぜん重たし

2003.4.18

これぞゴーヤ 伊良部で食べるチャンプルーゥ 五百円で万の満足

2003.4.19

草花の宮古の海辺に緑紅 蝶の群れ舞い 黒も鮮やか

2003.5.8

ボロおやじ トライアスロンで汗まみれ 家族はゆったり 皆生温泉

2003.7.31

神経痛 抱えて今日はランニング こんな痛みに負けてたまるか

2003.8.12

事故やりて レースへの想い失恋す 無理をするなと 天の声かも

2003.8.17

力なき へ にあらわるる我が姿 病院ベッドにただ横にある

2003.8.18

数学と和歌の真髄似通いし 直感 選択 吟味 あるべし

2003.9.13

のんびりも一週間なり ありがたき病院生活 皆に分けたや

2003.9.13

悪くなし 五週間ののんびりも 病院生活それなりに過ごし
のんびりの中味は何ぞ 音楽にリハビリ 読書 受験数学
家だ家 やっぱり家だ家はいい 何があろうがやっぱり家族

2003.12.14

こは何ぞ 生徒と創りし狂言ぞ 俵を重ねて愛でたでごじゃる

2003.12.20

宮古島 はずれてくやし 花いちもんめ

(伸司)

2004..
1.1

哲を行く 僧侶となりし先輩の教えを胸に 我はさまよう

2004.3.24 終了式を前に

狂言では「大きく、ゆっくりと、はっきりと」
持久走では「マイペース、ファイト」
何事も「自分を見失わず、そして次の自分へ」

2004.4.3

春うらら 雪かとまごう桜舞う ランの汗拭き 玉田を歩む

2004.4.18

鳥ダムに桜残れとランニング 今年はナシや 怠け心に

2004.7.

このような自然界の仕掛けを見ると、あまりに巧妙にできているので、目に見えない「大いなる意志」の存在を考えたくなる。しかし、科学はそのようなものの存在を否定し、想像を絶するような長い時間がこのようなものを生み出したと考えている。

-- 生命(イノチ)の不思議 -- 柳澤桂子 --
2004.7.30

夕立に打たれてはしゃぐ蛙観る ムクロ転がるアスファルトの上

2004.7.31

夢うつつ 雨かとまごう蝉の声 怠け心に 夏を楽しめ

2004.8.29

去る年にうじゃと白く鷺の群 山は削られ 今はいずこへ

2004.8.27

もう秋よ 夜鳴く虫が我に告ぐ まだまだ夏だ トライアスロン

2004.8.30

もう秋よ 夜に虫たち囁けり まだまだ夏だ トライアスロン

伊良湖にて トライアスロンの締めくくり 我が汗浸みよ 恋路ヶ浜に

政界を見渡すほどに 我が護憲 弱者の地位に成り果てぬるか

2004.9.25

幾百の白き蝶舞う朝木の間 BGMは秋の虫たち

(伸司)

2005..
2005.2.25

大濠の水にうかれてカモの列 それを羨むハトの列かな

2005.2.27

なにはなく 娘と博多で4日間 我が最幸の時は今かも

2005.2.28

ありがとう 娘よ 博多で4日間 最後の夜は酒にも付き合い

2005.3.13

春をゆき うぐいすの声ひとりじめ 雪もちらつき すばらしき道

2005.3.14

病院の待合室で耳につく 聞きたくもない世間話ぞ

2005.4.19

指の間にヤドカリ遊ぶ宮古島 土産にしよか 砂に返さん

2005.5.3

おっタヌちゃん おもわず呼んだランの道 逃げなくていいじゃん 春の曙

2005.5.28

ホーホケキョ 緑を仰ぎて主さぐる 緑に見えず 主は驕らず

ラントレの道に寝そべるヘビ殿が これを機会に折り返す我

2005.8.10

情けねえな人間 コソボ紛争 宗教・民族 それがどうした

2005.8.11

我が指針 スポーツマンたれ どこまでも

2005.8.16

往きは蝉 帰りの道は秋の虫 重たい足に あー心地良し

2005.8.20

鈴虫の声に埋もれて夏の珠洲 2時の満月カラッと涼し

2005.12.3

娘にも大うけでしたおじんギャグ これで当分一家安泰

(参考)「当たらん予想はよそう」
2005.12.21

「スポーツマン」わが人生の拠り所 ただひたむきに楽しく歩む

2005.12.29

戌年かぁ ペロは今頃どうしてる 主恋う小屋 枯れ草宿す

2005.12.31

激痛め またまた走る顔面に つきあいませう厄介なれど

寒風と滴る汗の不快さよ そうでもないぞと前ゆくランナー

(伸司)

2006..
2006.吉日

ご結婚おめでとうございます。
津本さんのスラっとした雰囲気が、この一年間、この3年6組を支えてくれたように思います。
「結婚生活は2つの文化のぶつかり合いやなあ」と思ったりすることがよくあります。これからの新しい生活の中、2つの文化をスラっと、すばらしく、和合させていってください。
いつまでもお元気で、お幸せに。

2006.4.6

自然あり 疲れた体と精神に 鳥のさえずり 小川のせせらぎ 桜のタネル

2006.4.21

この海に見とれてやっぱり次も来よ レースの辛さ忘れて 宮古

2006.12.29

この頃のさぼりがちなるトレニング 宮古の便り 老心に鞭打つ

(伸司)

2007..
2007.1.

          この調子でいけば

    今こうだ ---------→ こうなる

   (初期条件) (微分方程式)   (解)

「なっとくする微分方程式」より
2007.1.20

ふと仰ぐ 走り慣れたる道におり また新しき自然(けしき)にめぐる

2007.9.15

暑い朝 虫の声にて秋をしる

2007.11.

彼らは他人(ひと)より少し才能がある 努力できる才能が
彼らは他人(ひと)より少し多く知っている 努力のやり方を

「スーパードライ」のCMより
2007.11.25

私にとって思想とは
「反戦-平和、反差別-平等」
これについて思い、考えること
この思想を持つ人は
どこにあっても私の親友であり
私の尊敬する人は
この実現に向かって行動する人である

2007.12.22

今日もある 街角にチャリ 光る汗 少しの誇り 新聞配達

2007.12.23

今日こそは散歩に連れてけ ズボラ主 そっちの身勝手 ワシたまらんワン

壁紙につい声かけるポインター 無邪気なクマ子の鼻グリクルクル

ひとつだけ わがカレンダーにピンクあり 酒をつまみに娘と語る日

反戦と反差別とを胸に抱き 何も語らず これも道なり

(自責の念と慰めの思いを持って)
2007.12.24

自然あり ゆえに我あり 生かされし

(伸司)

2008..
2008.2.

司馬遼太郎に対してトルストイ 『坂の上の雲』に対して『戦争と平和』
「緻密さ」なるが、なによりも 「反戦意識」にトルストイが優る

2008.2.23

不揃いな クマコの毛並みに 春を観る

2008.5.5

大介と 彼女とともに4人連れ 京都に1泊 京都見物

2008.5.16

基本情報技術者試験 老いたれど 一発合格 まだまだやるジャン

2008.11.25

娘からメールあるかな 誕生日

踏みしめる 玉田山にも ちゃんちゃんこ

(伸司)

2009..
2009.5.17

かつらぎは鳥の宝庫ぞ 朝焼けに バイクをこいで自然に混じれ!

2009.8.7

セミの声 けだるさ増します 散歩道

2009.8.9

涼を呼ぶ 雨音やさし 怠け床

2009.10.5

散歩道 秋の川面に 鯉堂々

風雨去り 強き流れに 鯉いずこ

2009.10.11

裏切らず 今日も空き地に鷺ゆうゆう

りーんリン 鷺の足元 秋の風

自然老(じねんろう)

自然に出でて 自然に漂う
自然を想い 自然を愛す
自然に漂い 自然に消えん
なお自然は在りぬ
ああ 自然のほんの一部なる 自分を喜ぶ

2009.10.21

歌声も楽器の一部と人は言う チンチロリンと虫の音 楽し

自然老のひとり言

人ありて道徳あり 人ありて神あり 人ありて社会あり 人ありて打算あり
人なくとも自然あり 自然に優るものなし

2009.11.1

大雨で川となる道 玉田山 クマコが先導 ふたりで冒険

2009.11.16

昔なら女性を思い床に就く 今の楽しみプログラミング

蚊がひとつ 霜月の夜に 言う「まいど」

霜月に 今夜も出没 蚊のおやじ まだまだ元気だ お前はどうだ

セルフ店 働く人は何処かな

2009.11.21

セピア色 母が夜なべの鷹の羽 今は生徒の小道具作り

2009.11.22

軽々と鉄の塊腕の中 お父ちゃんの背に油と汗と

2009.11.28

寒風に 防風林のわけを知る

向い風 折り返し点を楽しみに

追い風を背に受け橋で快し 間近で目にする水鳥の腹

何が出ようと不思議はないな黒き道 決めた距離ゆえ一人走らん

2009.12.13

師の教え 頭に浮かべランニング 肉は柔らで足音立てず

目的と目標の違いを考察する

目的…①成し遂げようと目指す事柄。
  ②意志によってその実現が要求され、行為の目標として行為を規定し、方向づけるもの。
目標…①目印。目当て。
  ②〔心〕行動の向けられる最後の結果。食物を得ようとする者にとって、食物は目標。

―― 広辞苑より ――
2009.12.23

まっしぐらセルフへ改装ガソスタ店 働く人は今は何処へ

2009.12.31

風に舞う枯れ葉が我を追い越して 愛犬クマとひとつ戯れ

(伸司)

2010..
目的と目標についての考察

目標が設定される。何のために――そこに目的が存在する。まず目的があり、それを実現するために、目標が設定される。
退職を機に、今まで存在した目的の少なからずが、なくなるように感じられる。
逆に、これを機に、今までにはありえなかった目的を探り出したい。そして、目標を設定し、それを達成する過程を楽しみたい。

(2010.2.11 -- 伸司)
2010.3.7

『アバター』、おもしろかった。
侵略者に対する原住民の戦い。自然を守る戦い。
見ごたえがあった。3Dもよかった。

2010.3.13~15

『カラマーゾフの兄弟』を読み終えた。
ドストエフスキー、何が言いたいのか、も一つわからず。
いくつかの死があった。フョードル・カラマーゾフ、スメルヂャコフ、そしてイリューシャの死で終わる。スメルヂャコフの死が雑に扱われていないか?
結局、上流階級の小説のように思う。そこが偉大なトルストイとの違いに思う。結局、無神論者もどきのドストエフスキーは宗教から離れられていない。歴史の流れ、澱みから出られていない。普遍性――木曜日の基礎の時間に憲法序文を扱い、それに出てくる――に達していない。
キリスト教徒、三男アリョーシャを持ち上げ過ぎている。二男イヴァンは無神論者だったゆえ病(?)に侵されるのか?父フョードルは何だったのか?
期待をしつつ読みつづけたが、不発に終わったというのが正直なところ。読解力がなかったのか。でも、もう一度読む気にはとうていなれない。
大学時代の初め頃に「あこがれた」、実存主義 - ドストエフスキー -「罪と罰」の域を出ていないように思う。
「小説は媚びる必要はない」というが、そうではないと思う。テーマが必要だ。テーマがないのなら日記の類で終わってほしい。公表する必要はない。読者に時間の浪費を強いるのはやめてほしい。
テーマはある。しかし、それを読者が読みとれない。共感できない。そこに失望、不幸が生ずるのだろう。満足か失望か、読んでみなければわからない。読書に限らず、映画などなどにもいえること。
要するに、「カラマーゾフ的バイブル」であったのでは。「無神論者」にはそう思えてならない。

2010.3.20

春風に 踊る葉を追う クマたのし

春風の 蝶に口づけ クマうれし

春風に 向いて進まず 足楽し

2010.4.2

朝井リョウ『桐島‥‥』読後。悪意でもって評するならば、「上」の者の高校生活を、カッコつけた文体でもって披露したもの。予定通りの最後は、善良な「上」の者のイライラを、「上」の者である自分を薄っぺらに自己批判し、「その他の者」のいい所を見つけ肩に手をやる。

2010.4.17

新しき出会いを前にドキドキか 若きを前にワクワクもあり

2010.4.28

 ・・・生きているものは、今日までに確立された「物理学の諸法則」を免れることはできないが、いままでに知られていない「物理学の別の法則」を含んでいるらしい、・・・その「別の法則」も、ひとたび明らかにされてしまえば、先のものと並んでこの科学の重要な一要素をなすものでありましょう。
 ・・・自然界で進行しているありとあらゆることは、世界の中のそれが進行している部分のエントロピーが増大していることを意味しています。したがって生きている生物体は絶えずエントロピーを増大しています。・・・正の量のエントロピーをつくり出している・・・死の状態を意味するエントロピー最大という危険な状態に近づいてゆく傾向があります。・・・生きているための唯一の方法は、周囲の環境から負のエントロピーを絶えずとり入れることです。・・・生物体が生きるために食べるのは負エントロピーなのです。・・・物質代謝の本質は、生物体が生きているときにはどうしてもつくり出さざるをえないエントロピーを全部うまい具合に外へ棄てるということにあります。
 ・・・直接の経験というものは。如何に多種多様であり互いに異なっているように見えても、それ自体が互いに矛盾することは論理的にいってありえません。・・・
 ・・・意識は単一の存在であって、同時に二つの自我意識というものは考えられない・・・
 ・・・この「私」とは一体何でしょうか? ・・・個々の単独なデータ(経験と記憶)を単に寄せ集めたものにほんのちょっと毛のはえたもの、すなわち経験や記憶をその上に集録したキャンバスのようなものだ・・・

--『生命とは何か』(シュレーディンガー 著)より--
2010.5.13

藤沢周平『一茶』読み終える。
「ただの人」の「爺臭い」生活の描写がいい。
司馬遼太郎の「歴史を作った」英雄の物語より惹かれる所がある。

2010.5.14

春落ちて 緑に染まる山の道 水面に冴える鶯の唄

2010.5.17

チョーク持ち 因数分解 生徒らと 放課後の窓に五月の夜風

2010.5.24

 ・・・自然科学においては、その関連は最後には簡明である・・・。自然は理解され得るように作られている・・・。・・・われわれの思考能力は自然を理解し得るように作られている・・・。
 ・・・言葉というものは特有のむずかしい性格を持っている。一つの言葉が何を意味するのかということを、われわれは決して正確には知らない。われわれの使う言葉の意味は、その言葉の文章の中の結びつきや、その文章が述べられたときの前後の脈絡で、またわれわれが全部を数えあげることは決してできないような無数の付随的事情がからんでくる。・・・
 ・・・量子力学において、われわれは抽象的な数学的な言葉の中に、非常に広範囲にわたる統一的な秩序を定式化することができた・・・。しかしわれわれは、普通の言葉でこの秩序の成果を記述しようとするときには、比喩や相補的な考察方法に頼り、逆説や外見的な矛盾を我慢しなければならない・・・。

--『部分と全体』(W・ハイゼンベルク 著)より--
デカルト「我おもう、ゆえに我あり」について考察

言葉「我・おもう・ゆえに・あり」を「普通」にとらえるなら、因果の関係からして、「我あり、ゆえに我おもう」が正しい。唯物論的とらえ方でもある。それをデカルトはあえて反対にいう。()とは人間(・・)、もう少し限定すれば哲学者(・・・)とでもいえるのか。おもう(・・・)思考する(・・・・)思想する(・・・・)とかが含まれるのか。あり(・・)とは、ある哲学者がいう、「事実存在(・・がある)」に対する「本質存在(・・である)」とでもいうのか。その言葉の意味するもの(所)を哲学者は「勝手に」拡大する所にも問題があるように思う。

(2010.5.26 -- 伸司)
2010.6.2

プラトン『饗宴』、読み終える。あまり得る所なし。
エロス(愛)について、結局はギリシャの有閑者たちの言葉遊びにすぎないような・・・。

2010.6.8

一石賢『量子力学がわかった!』、2回目読了。
前回よりわかったように思う。

2010.6.11

藤沢周平『白き瓶』、読了。
「歌」はだれにわかってもらいたいか?「歌をする人ら」であれば「形式」にこだわるのもいいとは思う、が、そんなんでいいのだろうか。その点、一茶、子規の「道」は共感できる。「万人」がよんで「おもしろい」と思えるものであるべきだと思う。その点、長塚節の歌は「かたい」と思う。時代の限界ではあろうが。

2010.6.14

小説(本)を読むことにより、自分以外の人生の一端を味わうことができる。それはどこかに共感できるものがあってほしい。時間のムダ、失望で終えることがたまに(チョクチョク)あるのは仕方のないことか。

2010.6.16

小説を読みて人生の道草す どうせならなら 風さわやかに


姫踊子草ってしってますか?

姫踊子草ってしってますか?
道端によく咲いています
しぶい緑色の着物に しぶいピンクの顔をしています
10本ほどの仲間とかたまって咲いています
姫踊子草ってしってますか?
この冬 犬と妻との散歩中に「この花なんちゅうの?」と妻にたずねたら
当然のごとく「姫踊子草」って返されました
妻は物知りです 特に草花に関しては任せてください
姫踊子草っておもしろい名前ですね!
だけど 僕の頭の中にはなかなか入りません
妻に「何でも知ってるな」って言うと
「お父さんが数学の公式を知っているようなものよ」って返されました
妻には草花に対する愛情があるのでしょう
僕には数学に対する愛情があるのでしょうか
姫踊子草ってしってますか?
妻に教えてもらいました
春がやってくると 20本、30本とかたまって田舎舞台に立ちます
念入りにお化粧などして 頭には可愛らしいピンクのかんざしなどして
姫踊子草ってしってますか?
春が過ぎた今 姫踊子草はどこへ行ったのでしょう
たぶん このしおれた老いた体 遠慮がちに支え合ってあるこの草が
次の出番を待つ踊り子なのでしょう
次の出番まで 目立たぬ日々をそっと過ごすのでしょう

(2010.6. -- 伸司)
72才

72才までおやじと競争しよう
72才でおやじは死んだ それまで働きつづけた
ゆっくりかもしれないけど、止まることなく働きつづけた
金もうけはとうていうまくはなかったけど 体を使って働きつづけた
最後の方は箒を持って掃除をするだけの日が多かったかもしれないけど
とにかく、体を使って働きつづけた 72才まで体を使って働きつづけた
72才のゴールに向かって働きつづけた
72才でポックリいった 72才のゴールを終えて、
ゴールの余韻を楽しむこともなく、ゴールをしたとたんポックリいった
ラストランでも家族からの声援もそんなに受けることもないまま、
静かにゴールし、静かに去った
とにかく、おやじは走り通した 72才を走り通した
そんなに早くはなかったかもしれないけど走り通した
これからのオレの12年間、おやじとの競争だ 前を行くおやじとの競争だ

(2010.6.17 -- 伸司)

2010.6.21

私にとってどうでもいいこと、必要とは思われないことが、組織にとっては重大なことであったようだ。そんな組織に従うのがバカらしくなった。今日の授業のことが大変気にはなるが、組織に忠実なあの管理職たちがどうにかするだろう。

机上の空論

過去のことを思い出すには、脳に蓄積された言葉に頼らなければならない。今を考えるためには、過去に生み出され、抽象化された言葉を使用しなければならない。それが非常に曖昧なもの、時に、見当違いなものであろうと。次を想像、創造するにも人間は多くの場合、脳に蓄積された言葉に頼る。

(2010.6.21 -- 伸司)
2010.6.20~27

相対性理論の内容をほんのニ三行で説明するには‥‥「いままでは、宇宙からもしすべての物質がなくなってしまっても時間と空間はまだ残ると考えられていましたが、しかし相対性理論によれば、時間と空間は物質とともに消えてしまうのです」
夫人への相対性理論を理解したかどうかの質問に‥‥「夫は何度も説明してくれましたが、やっぱりわかりません。しかしそれは私の幸福にとっては必要なことではありません」
特殊相対性理論 ①特殊相対性原理‥‥すべての物理法則は、互いに等速並進運動するすべての惰性系に対して、同一の形式で与えられる。②光速不変の原理‥‥惰性系に対する真空中の光の速度は、光源と観測者の相対速度に関係なく、すべての方向にすべての観測者に対して同一の値をもっている。
平和主義 「私の平和主義は、本能的な感情です。それは、殺人は胸が悪くなるほどいやなものであるという理由から私を捉えている感情です。私の態度は、どんな知的理論からでてきたものでもありません。それはあらゆる種類の残虐と憎しみとに対する私の強い反感にもとづいているのです。私はこの反応を合理化すべく進んでいかなければなりません。しかしそれは実は後天的な思考になるでしょう。」

--『アインシュタイン』(矢野健太郎 著)より--
2010.7.2

スタインベック『怒りの葡萄』、読了。良かった!
期待した展開 ― トムが「事を起こす」― にはならなかったけど、またそこがいい所でもある。やられ続けても、同じもの同士かたまって生きつづける。死ぬ者もあるが、かたまりとして、他に探しようのない道を歩みつづける。怒りはだんだん大きく、確かなものになっていく。この怒りは次につながっていく!

2010.7.1~7.3

‥‥われわれの心の働きがどんなに精緻であろうとも、どんなに微妙であろうとも、あるいはどんなに幽玄であろうとも、「精神の気」のような霊気のしわざでわなく、大脳皮質を組み立てている150億の神経細胞の複雑精巧な統合的なプロセスによって醸しだされているものである。‥‥どんな高等な精神活動でも、どんな微妙な心の働きでも、結局は、大脳皮質の網目のなかのインプルスの流れに還元することができる。
‥‥われわれ人間は、広い連合野をそなえた大脳皮質をもっているからこそ、人間として思考し行動できるのである。‥‥動物が高等になるほど、前頭葉がよく発達している。‥‥人間では、前頭葉の面積は大脳皮質全体に対して30%‥‥、イヌでは7%、ウサギでは2%‥‥。前頭葉が意志や計画や感情など人間だけがもっているとさえいえる精神機能を営むということを考えると、‥‥
われわれの意識を支える網様体は、ここへ流れこむ感覚の信号によって駆動されていると同時に、大脳皮質から流れこむ信号によっても、その働きがコントロールされているのである。このように大脳皮質は網様体の活動に積極性をあたえることができるのであって、これまた、意識の自主性の生理学的基礎であり、自由意志の表現であるのだ。

--『心と脳のしくみ』(時実利彦 著)より--
2010.7.12

玄関にセミの抜け殻一つある 耳をすませばカエルの合唱

2010.7.13

蝉の声 朝ゆく道にひとかけら

2010.7.17

草はぬれ 梅雨明けの朝に 陽は輝る

草ぬれて 梅雨明けの朝に つゆ輝る

2010.7.18

梅雨明けて 草にひとつぶ 露まぶし

2010.8.5

痛い時には、怖い夢を見るようだ。脳の中に占める痛みを感ずる位置と、恐怖を感ずる位置とはたぶん、接近しているのだろう。

2010.8.12

深夜0時 FM楽しむオヤジあり 娘もすなり具体音楽

2010.9.24

真・善・美 何処に在りや 哲学す 酒をつまみに熱く語らう

哀れかな 尊さあるかな この道は 時を気にせず 時に漂う

哀れかな 楽しきなのかな この道を 時を気にせず 時に漂う

2010.9.29

白と赤 緑の中に冴えてある すっくと鷺が 彼岸花りん

2010.10.

天からの贈り物 今日は雨だ

2010.10.29

だれかの思い付きの言葉が、世の中の常識となる。そんな非常識な事がよく起こる。最近でいえば、テレビ番組がその役割をよく果たしている。遥かの昔でいえば、キリストが神に奉られる過程、そこにも、そんな非常識が存在したのだ。科学的人間存在の欠如。

2010.12.30

クマが鳴く
「もう起きろよ」とクマがなく
クマが鳴く
「ションベンしたい」とクマがなく
クマが鳴く
「オリから出せ」とクマがなく
せつない声でクマが鳴く
俺の心にムチを打つ
怠け心にムチを打つ
さあ始めよう
一つの犬と ちっぽけな一つの人との
いつもの一日を

(伸司)

2011.09.03
みなさんへ

8月末の日曜日は、珠洲のトライアスロンに行ってきました。
まだなんとか完走(最後のランではチョット歩きましたが)できました。
今回は久々に嫁さんもついてきてくれました。
犬たちは、いつも利用しているペットの病院に預けていきました。
土曜日はオートキャンプ場にテントを張って泊まり、日曜の晩から次の朝にかけては、千里浜の国民休暇村でゆっくり過ごしました。ここの休暇村は人気があるようで、日曜の晩だというのにいっぱいで、偶然キャンセルがあったので泊まれたしだいです。むかし、みんなで来たことを懐かしく思い出したりしました。その時より、だいぶんきれいになっていました。散策など健康志向の活動メニューもいろいろ用意されており、ここも年金生活者にターゲットを当てた経営をしているなと、思ったりました。
メール、きのう見ました。岐阜では、そちらの苦労も知らずに、勝手なことを言ったりしたのでは、とも思っております。
勝手ついでに。経済的になんとかなりそうで、仕事にもそんなにやりがいとか感じられなくなったのなら、辞めてもいいのではと思います。お袋に関わる時間、精神的負担がどのくらいになるのかはわかりませんが(ここが本当はだいじな所なのでしょうが)、私のいい加減な、一年ちょっとの経験から言いますと、「やめて(やめれて)よかった」です。
今、「ダンゴムシに心はあるのか」を読んでいます。なかなかおもしろいです。岐阜へ行ったらまた持って行きます。
ダンゴムシも人間も自然から生まれ、自然の中に生きるもの。そして消えるもの。そんなに違わないのでは。ダンゴムシの方が先輩ですね。
生きがいとか、役に立つとか、人間社会には必要なものなのでしょうが、ダンゴムシはそんなことには無関心。たぶん。そんな(?)ダンゴムシのような生き方は、今の社会では許されないでしょうか。
また勝手なことを言えば、何年間か働いてきた者、苦労してきた者への御褒美として、人生の終わりの方にでも、そんな生き方が、あってもいいのではと思ったりします。

(伸司)

2012.11.12
RE: 開田高原報告書

うれしかな 心かよわん姉孫と 結ぶ影あり よつ葉の茎根

(伸司)

2012.11.29
きょうか合宿の誘い 孝三さまへ

退職おめでとうございます。これからは、楽しみ8割以上で過ごしていきましょう。
暇が出来たら、こちらへ来て、1週間ほど、きょうか合宿しませんか。プログラム考えときます。

(伸司)

2013.02.15
石牟礼さん殿堂辞退の報に接して

 「石牟礼さん、地球環境の殿堂辞退」のなにげない記事を目にし、生意気にも歌を思いたった。
 テレビでドキュメンタリーをちらっと観たとか、数多く出されている書物の中の少しばかりを手にしたとかだけの私でさえ、石牟礼道子氏の人柄、生き様に、強く惹きつけられている。
 自然の中に生かされている人間が、時として自然に対して理不尽を犯す。その理不尽を正すべく、弱き立場の人々が、時に死をも以って、告発する。それでもその告発に対して無関心であり続ける人間(私も含めて)に、石牟礼氏は呼びかけ続ける。「今を知り、今から遠からず、今を生きよ」と。
 そんな石牟礼氏に「殿堂入り」の話が舞い込んだ時、これを契機により多くの人が「水俣」のことを知ることになれば、とも考えられたことだろう。しかし氏は、らしさを貫かれ、辞退された。氏の志を受けとめ、「水俣」に限らない、自然に対する人間の理不尽を、庶民の目で監視していかなければと、改めて思う。
  名はいらぬ 水俣を知れ 次の人々 死をも見つつ 自然を生きつつ
  水俣なお 苦海浄土の道険し 優しき言霊で 我らを導け

(伸司--朝日新聞に投稿するもボツ)

2013.05.07
近況+α

この前の土曜日、老(3)若男女(2)まぜて12人でサイクリングしてきました。紀ノ川沿いに奈良県の五条まで行き、その後は高野山までの長い登り坂。途中、評判の「とんかつ屋」と「アイスクリーム店」に寄ったりして(62歳のリーダーはブログにもはまっています)、帰りは山中を、時には疾走したりで、「若者」してきました。走行距離は173km。「あー疲れた」の一日でした。

高野めざし 山踏むチームの脹脛 したたる汗よ 鈍苦も流せ

18日(土)、岐阜に泊めてもらうよう、勝手に予定してます。
それと、孝三、輪行バック持ってましたか?持っていたら貸してください。25日~26日には「磐梯山サイクリング」に行きます。遊んでばかりですみません。

(伸司)

2013.06.02
8日(土)におじゃまします

和歌山のお母さんが、この1ヶ月ほど、阪南の家の近くのリハビリテーション病院に入院していて、つい先日退院しました。そんなこともあって、法事には私1人だけおじゃますることになります。8日の土曜日に電車でゆっくりそちらに向かいます。よろしくお願いします。

法事あり 電車の中にひとり旅 ふる里を想う 家族をおもう
(漢字発見)
哀しさによこいちぼうで衰えししぜんはしたたか蓑むしをうむ

(伸司)

2013.06.24
園芸ちらほら

ゴーヤ、ゴーヤ つるのばせ
朝顔、朝顔 つるのばせ
いんげん豆は 実をつけた
トマトはまんだ 苗のまま

(伸司)

2013.10.22
よつば会_奥飛騨めぐり

奥飛騨めぐり、楽しく過ごさせてもらいました。とりあえず、カメラで写した画像、全て送ります。あとは、報告編集長にお任せします。
(追、駄作)

湯煙と霧に濡れたり秋の山 白き流れも心踊らす
秘湯に浸かり秋に囲まれ天から雫
秋の宿よつば集いて何を語らん
晴れ渡り色鮮やかな樹々に水面 雨夜の語らいを優しく包む

(伸司)

2014.01.15
4月お世話になります

幸子さん、体たいせつにしてください。
私ども、この年越しは何年ぶりかに、家族4人の水入らずで過ごしました。
わたくし今、少しの不安とだいぶんのわくわく感が現在進行形です。3月の終わりにある妻たちの「還暦コンサート」に、妻のピアノ伴奏で歌うことになっているのです。早春賦、赤いサラファン、千の風になって、の3曲を。悲惨な過去形にならないよう、主に夜のバイトの道中、車の中で練習に励んでおります。
4月、皆さんに会えるのを楽しみにしています。

寒風に 5拍子ランを 心して
 (5拍子ランとは、孝三に伝授してもらった走法のこと)
ほの暗き街燈に誘われノスタルジア 枯葉踏む音 か弱き虫の音

(伸司)

2014.03.26
法事よろしく

みなさん、お元気ですか。
前の日曜日には、妻たちの還暦ミニコンサートがあり、歌わせてもらいました。聴衆は30人ほどでした。ちょっと足がガタつきましたが何とかなりました。「楽しみにしている」と言っていた悠が、私の出番が終わってから来たのが、残念でしたが。
法事には2人と1匹で前日に行く予定でいます。勝手しますがよろしくお願いします。

花を愛す妻に抱かれて鳥になれ! まだ来ぬ君に春を歌わん!

(伸司)

2014.05.30
Re: 昼神温泉と東北桜の旅日記

「旅便り」のお礼の返事、たいへん遅くなってしまいました。昼神の桜きれいでしたね。紅葉の季節の東北にもぜひ行ってみたいですね。
孝三から借りた「ボノボの本」、たいへん興味深く読みました。孝三からの質問「二人の仲が・・・」とか、美智子さんの話にあった「卒婚」とかにも何か通ずるものがあるようにも思いました。今その本は悠の手元にあります。どこかの首相に読んでもらいたいですね。

子孫を残すための生あるものの営み、
その長い歴史の中に、ほんの一時か、存在する人類。
進化の過程で「意識」が備わり、
愛、平和などの思想も生まれてきたのだと思う。
こういうのを大切にしていきたいですね。

トライアスロン、珠洲と長良川を予定してます。どちらも51.5kタイプです。
合唱は楽しいです。

(伸司)

2014.09.29
Re: よつば会の旅

戸隠への旅の計画、ありがとうございます。
きのう、磐田でトライアスロンしてきました。無事完走もでき、今シーズンの締めができました。これからは合唱、歌です。まず、千枝さん仲間の身内によるコンサートが10月の終わりにあります。私も前回に引き続き出させてもらいます。「もしもピアノが弾けたなら」と「島唄」を歌うつもりで練習に励んでおります。男声唯一の歌唱ということで少し気負っています。
   刈畑に こうろぎの歌 かくれんぼ
19日に、みなさんに会えるのを楽しみにしています。

(伸司)

2014.11.06
Re: 戸隠の旅便り

みなさん、お元気ですか。
お礼が遅くなりました。「旅便り」ありがとうございます。いつも楽しみに見させてもらってます。すばらしかったことも、すぐに頭から消えかけてしまう私にとって「便り」は貴重な宝物になっています。
  よつば会 いつまでもいつまでも 青秋の日々
10月終りの日曜日に、内輪のミニコンサートで歌いました。妻の伴奏のおかげで「まあまあ」終えることが出来ました。
泉南市混声合唱団の年1回発行の広報誌に載った文を、「迷惑かな」とは思いつつ発表させてもらいます。
   歌と私と合唱と

「歌は心」とは言われる。
小さい頃から、歌うことは好きで、「うるさい!」と言われながらも、心どころか意味もわからず、家の中で大きな声で歌っていた。音楽の時間は歌があるから好きだった。そういえば、小学校から高校までの教科書で残してあるのは音楽だけだ。大人になってからも、特に車の中ではよく歌った。
ところがある時期からあまり歌わなくなった。心にしっくりくる歌が見つからなかったこともある。それと、こちらの方が重要だが、調子はずれの音が妻の耳から入り脳を経由して顔面に表れるものに尻込みしたことによる、ように思う。教科書も楽譜というより歌集としてしかなかった私とは違い、妻には少しばかりでも音楽の道があった。
とはいえ、萎縮しながらも「歌は心だ」と自分に言い聞かせながら、しょぼしょぼと歌うことは続けていた。そういう中で、年を経て妻の心も丸くなったのか、退職して暇そうにしているのを見兼ねたのか、「合唱してみたら」のお許しの声がかかった。うーん、躊躇もあったけれど、なにしろ好きな歌が大声で歌える。入団することになった次第です。
けれども、階名読みも苦手で、楽譜を見てもお玉じゃくしの大雑把な上下動しか目に入らない私にとって、「半音低い、高い」の世界はやっぱり新世界。
「歌は心」には違いないが、自分の心だけでは成り立たないのが合唱なのだ。作詞者の心に近づくとともに、それを感じとった作曲者の思いを大切にするためにも、譜面とまじめに格闘せねばと思う今日この頃。
合唱への思い入れあふれる熱心な指導と、どんな曲にも対応できる瑞々しい伴奏と、人生の先輩方の温かい歌声に出会えたことを幸せに感じつつ、歌から合唱への楽しさを味わえるよう少しは努力しようと、初めての演奏会に参加し終えた今、思っております。
  刈畑に こおろぎの歌 かくれんぼ

(伸司)

2014.12.17
Re: Kakeibo.java(孝三へ)

最近、トレーニング帳に書いたメモから。

哲学は、普遍性について考え、語ることに意義がある。
普遍性とは、人類に進化の過程で備わる「次へのあるべき方向性」
のように思う。

Java3D に手を出しかけた所です。static ハッキリわかってません。Vector の便利さ、やっかいさに出合った所です。

(伸司)

2015.03.24
Re: 旅行とお墓

ホケキョが聞こえはじめました
梅の花が目に届きます
桜の花はまだのようです

みなさん、お元気ですか。
私、この1月から「カンツォーネを歌おう」のカルチャーに、月2回ですが、行っております。厳しい指導にたじろぐこともありますが、80%楽しく続けております。
カルチャーで川柳を募集していたので作ってみました。応募はしていません。

カルチャーは 「ほめてのばす」が モットーです
身に浸みる ティーチャーの苦心 ほめことば

春のよつば会、楽しみにしています。前日、岐阜に寄せていただきます。

(伸司)

2015.03.31
おじゃまします

にわとりの 春のあいさつに出会いたくて 我が犬はまた この道を選ぶ
春を呼ぶ 同じ服着た おんな子2つ

あと5年はと思いながら、6月14日の木曽三川トライアスロンを申し込んでしまいました。また岐阜におじゃまします。

(伸司)

2015.04.15
Re:「うらたに」の料理楽しみです

つばめ舞う 我が家の軒に 巣はなけれど
コケコッコー カケッコカケッコ 雨のぼる
道ばたに 目立たぬけれど 踊り子草

週に2回ほどプールに行ってます。最近のメニューは次の通り。
・アップ100m - プルブイをつけて、ゆくり
  初めの50mは4ストローク1ブレス、後は2スト1ブレ
・ロング1500m - もちろんブイはなし
  50mごとに左右の腕の伸びを意識して
・キック25m×4 - ビート板なしで、途中息継ぎのため2回ほど3ぽ歩く
  ストリームライン、足首の柔軟、股を開かないことを意識して
・ダッシュ25m×12 - ちょっとがんばる
  「前へ」を意識し、できるだけ少ないストローク数で
・プル300m - プルブイをつけて、ちょっとがんばる
  50mごとに左、右、両の腕の伸びを意識して
・ダウン200m - できるだけゆっくり
  ターンの後などに平泳ぎも混ぜて
以上、トータル2500m。
区切りの合間に、ウォーキングを入れてます。
みなさん、マイペースで行きましょう。何事も。

(伸司)

2015.04.27
Re: よつば会 小浜の旅便り

今回も「旅便り」楽しみに、見させてもらいました。

新しき墓の前にて父母を想う 唯物観へ我を育てし
幾つものトネルの果てに春の浜 雨宿りのよつ葉に御馳走さん

きのうは妻たち仲間うちのミニコンサートがありました。私も歌わせてもらいました。自己採点78点。

使い古した足に元気を押し付けながら走っていると
おっ、彼女が来た
俺も彼女のようにカッコよく走って行き過ぎよう
つかの間の青春を感じながら

(伸司)

2015.06.07
6.13(土)岐阜へ、おじゃまします

みなさんお元気ですか。トライアスロンのため、また岐阜へ、おじゃまします。競技前日にプールへ行けたらと思っています。
先日、何年ぶりかに、こういう集会に行ってきました。
阪南市9条の会「おはなしと音楽のつどい」に、ふらっと。
予想外に大勢いてました。私を含め、年寄りが多かったですが。

   弱き者の言葉
地球表面の至る所で
強き者が弱き者を抑圧・殺戮するのを見る
弱き者の悲鳴が聞こえる
弱きものは憎しみをつのらせ
強き者に変わらんと欲する
弱き者よ、言葉を手放すな!
強き者よ、武器をすてて弱き者とならん
弱き者よ!
言葉を手放すな!
地球表面に進化が織りなされ
弱き者に備わった言葉を

(伸司)

2015.10.14
お元気ですか

みなさん、お元気ですか。

最近、
クマと散歩して、6キロほど走って、おそい朝食をした後、
日課で、
ボイストレーニング・歌を1,2時間ほどしています。
近所(含む妻)迷惑を考慮して、
小部屋で、窓を閉め切り、パソコンの指導のもと、
大声を出しています。
小さい頃も、狭いながらも・・・で、よく歌っていたことを
思い出したりして。

あす、岐阜へおじゃまします。

(伸司)

2015.10.19
王ヶ頭

王ヶ頭の旅のごちそう、ありがとうございました。
記憶に残すためにも、駄作1つと2つ書き留めました。

人乞うも 曇天に浸かる王ヶ頭 悟りの果てに ブロッケン2つ
美ヶ原 枯れたる糞に 牛の影 (我らも一筋づつ影を印さん)
安倍政治 我が物顔の戦闘機 爆音にも慣れよと 里の秋突く

(伸司)

2015.11.04
Re: 人生はあっというまの一瞬

ちょっとおくれましたが、72歳の誕生日おめでとうございます。
私も、まだ6年ありますが、72歳には何かこだはりをずーと感じています。

昔、父親は故郷を離れて暮らす息子に
革靴を贈った
昔、兄は故郷にいる弟たちに
本とエックスパンダ―と日記帳を贈った
今も、残された心には刻まれている
本とエックスパンダ―と日記帳
それと新品の革靴

(伸司)

2016.02.17
明日おじゃまします

春まだか! やんなるほどに寒き道

みなさん、おかわりありませんか。私どもの方は、何も変わったこともなく、一日一日を過ごしております。岐阜では大きな変化がありましたね。愛ちゃんのこと聞けること、楽しみにしています。明日の晩からまた、よろしくお願いします。

きょうの雲 千切れ綿 いくつも
青空に遠慮して 地上に近く 佇んでいる

(伸司)

2016.02.23
旅の残像_河津桜

旅にあり 幾度も見やるさすが富士 犬とある人の情にも触れて
柿田川 湧き出づる水の尊さよ
河津桜 人の小事も紅で覆わん
旅おえて いつもの道ゆき天を仰ぐ 青と白とに 長八の鏝跡

(伸司)

2016.05.21
Re: お元気ですか

みなさん、お元気ですか。今年もトライアスロン、昨年と同様、4つに出る予定でいます。6月5日の木曽三川にも出るつもりでいますので、またお世話になります。前日の4日には、玉田山の清掃ボランティアと合唱の練習がありますので、ちょっと遅めになります。夕食は済ませての各務ヶ原到着となります。それと競技終了後ですが、今回は、久々に服部くんと会う段取りをしています。遅くまで(?)飲むと思うので、岐阜駅の近くで宿泊を確保しました。よろしくお願いします。

クマと朝、散歩する時
今日の季節を感ずる
クマと夜、散歩していると
無限の宇宙に解け込んでいくような
そんな気がする

(伸司)

2016.06.21
お便り拝見しました

幸子さん、今までご苦労様でした。
退職、おめでとうございます。
ちょっとの間はゆっくりしてください。
気分転換に、大阪の田舎へも来てみてください。
いつでも暇ですので、いつでも歓迎します。
また、7月の終わりにおじゃまします。

木漏れ日や うれしうかれて 初夏の舞

(伸司)

2016.06.23
お誘い

みなさんへ
7月3日(日)に阪南市民の合唱祭「七夕コンサート」があります。私も千枝も、違うグループで出演します。遠いですが、お暇であれば、期待せずに来てみてください。入場無料。

ちゃの道を ちゃの蝶が覆う
吾は行く
蝶を従えて仙人となる

(伸司)

2016.07.25
クマがマムシに

先週の木曜日、クマはマムシに噛まれた
主の身代わりになったのでもない
道端の草叢に突然跳び込み
ちょとしてから、左前足をブラんとさせて出てきた
骨折でもしたのかと思った
大変だった
今はもう大分よくなった
今朝、外へ行きたそうだったので
久々に散歩へ連れてやった
草叢には入らないようにした

(伸司)

2016.09.18
言葉について(孝三へ)

伊良湖、完走おめでとうございます。お互い、まだ来年もいけそうです、か。
昨日は、声楽発表会でした。最初、かすれた声が出て慌てました。今度の水曜日は、朗読発表会です。

言葉についての最近のメモから。

・・・心は、いつも二つの糧を求めている。一つは他者から投げかけられる言葉、もう一つは自らの内面から湧き上がる自分自身の言葉である。内なる言葉は、最初、いわゆる言葉の姿をしていない。・・・無形の言葉、これをここでは「コトバ」と・・・書く・・・。コトバは、さまざまな姿でこの世に存在している。・・・コトバを言葉にすること、それが想う、あるいは書くということだ。・・・

--- 詩人の誕生(若松英輔)---

『悲しみが・・・』をザッーと読んで ---
コトバを言葉に宿すこと、それが詩人の役割。誰もが詩人になれる。
では、科学をする者の役割は、
「自然に存在する無数のコトバをほんの少しでも言葉に宿すこと」
と言えないか。
人生と生活、真実と事実、・・・コトバと言葉か。
  今日の雲もやはりいい
  青いキャンバスに描かれる天の芸術
  私の言葉なんか木っ端微塵
  今日の雲は また いい
宮沢賢治の言葉たち
何気なさそうな言葉たちに賢治が溢れる
何気なくはない賢治が溢れる
(発表会では賢治の詩を朗読します)

(伸司)

2017.01.16
Re: シルバー川柳

妻が(未だどう呼んでいいか定まりません)「お兄さんからメール来てるよ」と言って、読み上げてくれました。「おう、おう」、「ぷふっ」と聞かせてもらいました。途中、外に聞こえた音に反応して、駄作を一つ。

今夜また 老人の街に 救急車

この金曜日には、朗読カルチャーの「初読み会」がありました。ティーチャー含めて9名の参加。うち私が黒一点。年取ったせいか、そんな事あまり気にならなくなりました。井伏鱒二の「山椒魚」を披露しました。

(伸司)

2017.04.11
Re: よつば会小田原の旅

みなさん、お元気ですか。私、2週間ほど風邪をひいたりしてましたが、今は元気です。
泳ぎの方、プールで一緒になる82才の人に手厚いコーチをしていただき、最近、一皮むけたような気にもなっております。
トライアスロンの方、6月4日木曽三川と7月30日長良川にエントリーしました。8月27日珠洲も予定してます。野尻湖、伊良湖はコーラス等の行事と重なり、残念ながら行けそうにありません。
5月の連休明けには、朗読の先生たちと4人ほどでボランティアに行ってきます。訪問先は和歌山の老人ホームということ。年の違わない人たちを相手に、さてどんなのを読もうか、思案しております。
次回よつば会も楽しみにしています。

(伸司)

2017.10.30
ひみつ、秘密でないひみつ

僕にはひみつがある
歌の発表会 出番が迫ってくる
緊張がつのり 歌詞が出てこないのではないかと 不安が高まる
そんな時 僕は孝三を思う 孝三と一緒に歌おう
小さい頃 音楽の教科書をひろげ
孝三ちゃんと大きな声で歌ったことを思い出す
孝三ちゃんが好きだった歌は僕も好きだった
僕が歌う歌を孝三ちゃんも歌ってくれた
今日も歌おう 孝三と一緒に
雑念は振り払われ 歌うことの好きなふたりになる
それが僕のひみつ

(10.29『音遊会』が終わって - 伸司)

2018..
リュウキンカ

一、二年ほど前からだと思う
今年もやっぱりこの時期になって この花に出会う
クマと朝の散歩のとき クマがウンチとかシッコとか
臭い付けとかで立ち寄るその空き地で この花に出会う
その空き地の入り口に すでに咲き揃っている水仙の黄いの横に
つぎは「ぼくらの出番」と歌ってる
その花びらの黄いと葉っぱの緑に いつも目を奪われる
造花と見紛うほどに厚っぽく艶々している

花のことなら妻に聞こう
「それはリュウキンカ うちの庭にも咲いてるよ」
リュウってあの龍かな キンは金 カは花だろう
さっそく妻は電子辞書を引く
「リュウは立つ あとはその通り」
なあるほど
「リュウは流れと書くこともある 川辺に咲くことも多いから」
妻は自らの花辞書をまた少し厚くした

夕方クマと散歩した クマは朝とは違うコースを選ぶことが多い
あっ ここにもリュウキンカ
そういえば去年もここにたくさん咲いていた

(2018.3.20.伸司)

ワンちの道

この道も 散歩コースのうちで ワンちのお気に入りの1つだった
ところがいつからか避けるようになった
そうだ あの2匹の あいつらのせいだ ちっこい白とでっかい黒
それまでなかった2つの小屋 ちっこいのとでっかいの
新しい小屋が気にはなったけど お気に入りの道
ご機嫌に通り過ぎようとしたとき
突然 でっかい声して 黒と白が叫びかかってきた
「ここはわしらの土地じゃ 何しに来たんじゃ」とばかりに
びっくりした 正直ビビった
それ以来 近くを通るたび 気にはなっていたけど
黒と白がいるのを横目で見ながら避けて通り過ぎた

今日も 玉田山の笹原の上をちょっと歩き回った
ここからは あのお気に入りの道が眼下に望める
おっ でっかい小屋とちっこい小屋はやっぱりあるけど
でっかい黒とちっこい白は見当たらない
「よぉし 今日は行くぞ このお気に入りの道を」
気が進まなさそうなおっさんの気配がリードから伝わってくるけど
なんのその お気に入りの道を行って何が悪い とっとっと
やったー!
ワワワワーン 黒と白のワワワーン 後の祭りのワワワーン
ワンちのお気に入りの道 やったね!

(2018.3.21.伸司)

朝の隣人 一

「おはようございます」
「おはようございます」
その人と挨拶を交わすようになって久しい
  その人はよくお墓の方を見ていた
  誰かのお墓があったのだろうか いや
  その視線はもっと向こうの方にあったのかもしれない
  お墓の奥にこんもりとある竹藪
  竹藪の上にぽっかりと浮かぶ雲
いつ頃からか その人の横に猫を見かけるようになった
いつ頃からか 餌をやっているのを見かけるようになった
いつ頃からか ニ三匹の満足そうな猫を見かけるようになった
いつ頃からか 幸せそうなその人を見かけるようになった
いつ頃からか その人と挨拶を交わすようになった

(2018.3.22.伸司)

朝の隣人 ニ

この人との付き合いは長い
今日の会話
「おはようございます」
「わぁ 誰かと思った
 後ろから迫って来て 早く抜いてくれればいいのにと 思っていたんです」
「今日は 上の方まで行って来たんです」
「桜 まだ咲いていましたぁ 散っていなかったですか」
「ちょっとだけ散っていたけど まだたくさん咲いていましたよ」
「私も行こうかと思ってたんですけどね」
「またコケました」
「大丈夫ですか あの辺 大きな石ころが多いですからね」
「大丈夫です 岩みたいな石がいっぱいですね
 最近特に 左脚が上がらなくて よく躓きます」
「私なんか 両脚とも上がらないわ」
「またどこかの大会に出られるんですか」
「はい 今年も何とか完走できたので
 目標がないと なかなか走る気にならないんで」
「んじゃまた」
「はぁい」
この人は畑もしている ランニングコースの途中に畑を持っている
だれかから譲り受けたのだろう 適当な大きさの畑で
いろんな野菜をしっかりと育てている
お孫さん 娘さんらしき人たちと その畑で
和んでおられるのを 幾度か見かけたこともある
この人との付き合いは長い
初めの頃はお互い まだまだ元気に走れていたように思う
ところが最近は やっぱりお互い 年には勝てないか
と言うより 年相応の走りになってきたと言いましょう
去年の秋 風邪などひいたりして 一ヶ月ほど走らなかった日が続いた
それから もう冬になっていたと思う 走り始めた
この人と出会ったら「風邪ひいていたんです」と言うつもりでいた
なかなか出会わない 何かあったのだろうか でも畑はしっかりしてある
もう走るの 止めたのだろうか 何かあったのだろうか
たまたま時間帯が合わないだけだろうか
あっ「おはようございます 久しぶりですねぇ」
「寒くてなかなか走る気にならなくて 今日は暖かくて気持ち良さそうだったから
 やっぱり走って汗かくと 気分いいですね
 ゆっくりでも ボチボチでも 続けていきます」
この人との付き合いは長い
この人との付き合いを これからも 細くても 長く

(2018.4.4.伸司)

死んでしまった君のために

いつか言っていた
「俺の葬式には ベートーヴェンを流してほしい」って
死んでしまった君のために ベートーヴェンを流そう
死んでしまった君のために
あの時 君を勇気づけた ベートーヴェンを流そう
しかし 死んでしまった君には ベートーヴェンは届かない
死んでしまった君を 奮い立たすことはない
今 僕は一人 ベートーヴェンを聴く
あふれる涙と 悔しさを抱いて
死んでしまった君のためにではなく
ただ あの頃を思い浮かべながら
悔しさを噛みしめて ベートーヴェンを聴く

(2018.4.19.伸司)

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